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店主のつぶやき…

2012-FEBRUARY

毒にも薬にもならない戯言を

気の向くまま、思いつくままに、タイピング。

言うなれば日記帳のようなページですが、

よろしかったら、ときどき覗き見に来てください。



 
 (C)高根正子2012年カレンダー『銚子水彩散歩』より「黒生海岸」



 

 2012年02月02日 09時03分

鬼はそと〜、福はうち〜。
明日は節分です。節分はもともと、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のこと。それが江戸時代以降、立春(2月4日ころ)の前日、すなわち2月3日をさすようになったようです。
古来、季節の変わり目には邪気が生じると考えられていて、これを追い払うための悪霊払いの行事が豆まきです。豆まきには炒った豆(大豆)を使用するのが一般的ですが、なかには落花生をまく地方もあるとか。
また、節分の魔除けには、柊鰯(ひいらぎいわし)といって、柊の小枝に焼いた鰯の頭を刺して玄関に掲げる風習もあるようです。これは、鰯の匂いで鬼が家に近寄らず、また近寄った鬼は柊の葉の棘が目を刺すので門口から入れないとされています。
関東周辺でも柊鰯の風習は残っているようで、節分前になると、いわしの丸干を注文されるかたがけっこういます。こうした風習は日本特有の「文化」として、末代に残していきたいものですね。
 

 2012年02月03日 18時11分

考えたところで答えが見つからないこと<たとえば、人はなぜ死ななければならないのか>は、受け入れるしかしようがない。どれだけ抗い、どれだけ悩んだところで、人は必ず死を迎える。
死のほかにも、考えても答えのでない事柄は、星の数ほどある。人生は長いようで短い。悩んでいるひまは、ありゃあしない。答えが見つかる問題だけでも、生きているあいだに何問解けるかわからないのだから。
 

 2012年02月04日 18時40分

たいていの人は、じぶんに近い存在から思いを巡らします。図式にすると、じぶん>家族>親類>友人>ご近所>町>市>県>地方>国>世界といった具合に。
昨年の大震災以降、じぶんから少し離れた人や場所に思いを巡らせたり、何らかの行動を起こす人たちが確実にふえているように思います。
なるだけじぶんから遠い人や場所から考える、じぶんのことは後回しに考える…それを絵空事と笑わずにひとりでも多くの人が実践できる社会になれば、きっと世界はよりよい方向に向かうような気がします。
 

 2012年02月05日 18時55分

シャープ、ソニー、パナソニックなど大手電気メーカーの業績予想(2012年3月期)は、軒並み過去最高額の赤字だという。超円高やタイの洪水の影響が主な要因のようだが、世界市場における製品自体の魅力が乏しいと指摘する向きもある。
かつて日本の電化製品は、品質の高さで世界市場を席巻した。しかし近年は、サムスン電子をはじめとする他国の安価な製品に、その座を失われつつある。アジアやアフリカなどの発展途上国では、価格を抑えたシンプルな製品が好まれるからだ。さまざまな機能や付加価値にこだわった「日本の技術」があだとなった感がある。
「ものづくり大国・ニッポン」は、このまま終焉を迎えるのか、はたまた新たな分野でかつての隆盛を取り戻せるのか。大きな転換期を迎えているのはまちがいないようだ。
 

 2012年02月06日 18時23分

不眠症の人には申し訳ないけれど、毎晩ぐっすりと眠る。就寝前、ベッドに入り本を読もうとしても、たいていは4〜5ページめくったところで眠りに落ちてしまう。そのため、次の夜も、同じページから読み進めてしまうことが多々あります。
そんなぼくにも、遠い昔には「眠れない夜」がありました。思春期のころ、片思いの女の子のことを思ったり、試験が近づいたりすると、期待や不安、怖れ、苛立ち、焦り…といった感情に支配され、一睡もできずに朝を迎えたものでした。
いま思えば、答えが見つからない問題に悪戦苦闘してわけです。未知なるものへの恐怖は、修羅場を経験して克服するしか道はありません。50歳をすぎたいまは、怖いものはひとつをのぞいてなにもない。そのひとつはなにかって? それは…怖くてとてもじゃないけど言えません。
 

 2012年02月07日 17時47分

数日前のニュース番組で、外国人を採用する企業が増えていると伝えていました。<今春の大学生の就職内定率が70%だというのにどういうことだ!>と、腑に落ちなかったり、なかには怒りをあらわにする人もいるでしょう。
けれど、こうした動きは今後さらに加速していくような気がします。国内の消費が伸び悩むなか、売上を伸ばすには世界市場にパイを広げるほか道はありません。ボーダレス…そんな単語が死後となるほどに、国境や人種、言語といった垣根がなくなりつつあるのが現状です。
裏を返せば、日本の学生も、世界を視野に入れた就職活動をするべきなのでは。海外に留学する日本人学生が年々減少しているようだけど、きっと逆なんだと思う。混沌とした時代だからこそ、世界に飛び出すチャンスなんじゃないだろうか。就活中の息子よ、いかがかな。
 

 2012年02月08日 10時14分

ここ数日、ローザンヌ国際バレエコンクールで1位になった高校2年生、菅井円加さんがメディアで話題になっていますね。副賞の留学資格を利用して、英国の名門バレエ学校に入学して世界的なダンサーを目指すという。
彼女に限らず、10代で世界を意識した若者が出始めています。その傾向が顕著なのがスポーツ界で、錦織圭(テニス)、宮市亮(サッカー)、石川遼(ゴルフ)などは、10代のうちに世界の舞台に進出しています。
なにかを得ようと思ったら、なにかをあきらめなければならない。ともだちと遊ぶ時間や家族のだんらん、甘いお菓子や苦い恋などを捨て去る「覚悟」をもつものだけが、きっと世界を目指す権利を得られるんでしょうね。
50代のじぶんは、なにをあきらめ、なにを得ようとしているのか。自問自答してみる。
 

 2012年02月09日 09時36分

パソコンや携帯電話が普及し、インターネットでほしい情報が簡単に手にはいる世の中です。とても便利です。便利だけど、引き換えになにかを失ったような気がしないでもない。それはなにかと聞かれたら、知見<実際に見て知ること>かもしれないなあ。
本に、映画に、観光地に、レストランに、はたまた恋愛に、事前情報だけでがんじがらめになってやしないか。失敗したくない、損をしたくない、後悔をしたくない…そんな思いが強すぎてついつい二の足を踏んでしまう。他人の意見は参考程度に。でないと、じぶんの感性を磨く機会をどんどん消失してしまうような気がします。
きょうは店休日。これから東京に行ってきます。
 

 2012年02月10日18時50分

きのう、東京ドームで開催中(2月4日〜12日)の「テーブルウェア・フェスティバル2012」に行って来ました。10年ほど前でしょうか、最初に出かけたのは。そのとき、器(コーヒーカップ)を購入した伊万里焼の窯元から、毎年、案内状が届きます。それ以来、暇があれば出向き、今年で4〜5回目になります。
日常的に使う器は、見た目だけでは、そのよさがわかりません。目に付いた器を手にとって、手ざわりや重み、しっくり具合などを確認して、なんとも説明しがたい「手になじんだ品」を選んでいるように思います。また、窯主から、自作の器に関する薀蓄をあれこれ聞くことができるのも、やはり「その場所」に出向いたからこその、うれしいおまけです。
今回は、ティーポットと小ぶりのそば猪口を買って帰りました。近いうちに佐賀を訪れて、唐津、伊万里、有田と窯元巡りをしたいものです。とりあえずは、窯主の顔を思い浮かべながら、買い求めたそば猪口で、鴨南そばでもいただくとしますか。
 

 2012年02月11日 16時14分

いつごろからだろうか、テレビ(番組)がつまんなくなったのは。とくにバラエティ番組の凋落振りには目を覆いたくなる。なんと「番宣のための番組」が多いことか。自局のドラマの出演者やタイアップ映画のキャストを登場させて、あからさまに広告宣伝を行う安直さ加減は、なんとかならないものだろうか。コマーシャルはCM枠でやれよ、と言いたくなる。
長引く不況で、スポンサーがつかない、制作費にお金がかけられない…そんな言い訳は聞きたかない。そんなことは承知のうえで、せめて製作者の「ものづくりへの熱」を受け手に伝えてくれと言いたいのだ。じゃあ、見なきゃいいじゃないと言われる前に、それとわかればチャンネル回すか、スイッチ切るからご安心を。
以上、テレビの黄金期に育った男の、これぞ戯言でした。
 

 2012年02月12日 18時44分

このところ「ズレ」について考えています。うまく言えないのですが、ものごとは視点や落としどころを「ほんの少しずらす」と、新たな驚きや発見があるように思います。漫才を例にすると、ボケどころが「おい、そこかよ」という感じ。わかってもらえるでしょうか。
そういえば野球でも、最近はカットボールやスプリット系の速球を投げるピッチャーが増えてます。これは打者の手元で微妙に変化する球種で、タイミングをずらす効果があります。直球だと思ってバットを振ると、少しだけ内や外に逃げたり、沈んだりします。
人間って、予測する生き物だと思うんです。だれしも経験則をもとに、次に起こるであろうことをある程度予測しながら、ものごとに対処しています。その予測をほんの少しずらされると、びっくりしたり、感心したり、うれしかったりするんじゃないかなあ。あくまでも、ズレ幅が「ほんの少し」というところがミソです。
そうした「微妙なズレ感」をお客さんに楽しんでもらったり、味わってもらえるような商品ができないかと、日々思案しているところです。
 

 2012年02月14日 19時05分

きょう発売開始の「グリーンジャンボ宝くじ」の1等賞金は、前後賞合わせて史上最高の5億円だそうじゃないか。もしも、5億円当たったら…99.99%夢のような話をお聞きください。
なにかのまちがいで5億円を手にしたなら、ワタクシはサッカーのクラブチーム(小学生)のオーナーになりたい。でね、広大な土地を買い、サッカータウンを建設します。試合用のグラウンド(天然芝)と練習用のサブグランド(人工芝)を各1面ずつ、それにフットサル場を3面ほど。そうだ、すべてのグラウンドが見渡せる場所にクラブハウスを建てよう。ハウス内にはカフェを併設、店名は「ハーフタイム」とでもしましょうか。
週末になれば、そのカフェの見晴らしのいい場所に陣取り、日がな一日、子供たちがボールを追いかける姿を眺めていたい。それだけでも十分だけど、わがクラブチームからJリーガーや海外で活躍するような選手が生まれたら、きっとうれしいだろうなあ。
春休みや夏休み、冬休みには、全国からチームを呼んで…壮大な物語はいよいよ佳境に入りますが、夢の続きはいずれまた。今回の宝くじは、東日本大震災復興支援に売上金の一部(88億円)が回されるそうです。夢を買ってだれかの役に立つ。素敵じゃないですか。
 

 2012年02月15日 17時29分

世の中には「似て非なるもの」がたくさんあります。
親切とおせっかい、愛情と同情、粋と気障、やさしさと優柔不断、反省と後悔、批判と悪口、勇気と無茶、高級と高額、倹約とケチ、大胆と大雑把、繊細と神経質、素直と言いなり、謙虚と卑屈、知恵と知識、主張とごり押し、ヒラメとカレイ…。
ちがいのわかる男になりたいものです。
 

 2012年02月17日 18時19分

0と1。隣り合う数字なのに、両者には大きな違いがあります。0はどんな数字をかけても0のままだけど、1はかけた数字の分だけ大きくなります。0は無の状態、1は無限の可能性を秘めた数字ということができます。
商売も同じなのかもしれないなあ。0のままでは、いつまでたってもなにも生まれません。現状維持では、尻すぼみになるのは目に見えています。閉塞感や停滞感を打破するには、新たな分野に挑戦するしか道はありません。
まずは、1から始めよう。なにかを始めれば、だれかとつながることができるはず。1からスタートしたことが2となり、5となり、10となることを信じて。
 

 2012年02月18日 10時50分

雪化粧の君ヶ浜。
この冬初めて、銚子に雪が積もりました。深夜1時ころから今朝の6時ころにかけて、眠っている間に静かに降り積もったようです。雨戸を開けてびっくり、あたり一面は銀世界でした。積雪量は4〜5センチといったところでしょうか。
銚子に雪が降るのは珍しいこと。まして積雪となると、1年に一度あるかないかの「異常気象」と言ってもいいかもしれません。隣の小学生の姉妹は、朝早くからさっそく雪合戦に興じていました。
ぼくもカメラを手にウオッセ21へ。その帰り道に撮影した君ヶ浜の景色ですが、写真を撮り終えたところでハプニング。ちょっとした傾斜に足を滑らせて転倒して、お尻と背中を強打しました。いやはや情けない。いかに雪に慣れていないかが証明された顛末に…。
午後には、雪は溶けてなくなりそうですが、銚子にお越しの予定のみなさんは、どうかご注意ください。
 

 2012年02月20日 17時01分

老舗旅館だとか老舗和菓子屋だとか、頭に付けられた「老舗」の2文字に弱い。日本には、創業100年以上の企業が10万、200年以上の企業が3,000以上あるとされています。つまり、江戸や明治の時代から続く老舗は、大火や飢饉や地震や戦争や不況を幾度となく乗り越えて今日に至っているわけですね。
日本人って強いんだなあ。不幸にも、ぼくたちは阪神淡路大震災、そして東日本大震災を経験し、長引く不況にいまなお苦しめられています。けれど老舗の存在は、先人たちも同様な苦難を克服してきたのだと、ぼくたちを勇気づけてくれます。「あきらめるな、灯火を消すな、のれんを守れ」と、無言で叱咤激励してくれているような気がします。
ちなみに、老舗の定義のひとつは、創業30年以上事業を継続している企業を指すようです。わが社はもうじき50年か…。親から引き継ぎ、じぶんで2代。子へ、孫へとバトンを受け渡していきたいものですね。
 

 2012年02月22日 15時37分

花を愛でる…そんなじぶんがいるなんて、若かりしころは想像すらできなっかた。ところが、どうだ。50を過ぎたあたりから、野に咲く花や木に目を向けるようになった。そんなじぶんに、いちばん驚いているのは他ならぬじぶんです。
こうした変化は、妻によるところが大きい。自宅や本店店舗には、妻が活けた花木が一年中、ほぼ途切れることなく飾られています。そうした花々を毎日目にすることで、名前を覚えたり、旬の時期を知ったりして、少しずつ花への「思い」が広がってきたようです。
人(の嗜好や興味)って変化するもんなんですね。いまはそんな気はさらさらないけれど、ひょっとしたら10年後は、父母のように畑仕事をしているじぶんがいるかもしれないなあ。





 
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